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東京地方裁判所 昭和60年(特わ)2837号 判決

本籍

東京都田無市本町四丁目四〇六番地

住居

同市本町四丁二七番八号

無職(元板金業)

本橋謙治

昭和九年六月八日生

本籍

東京都港区六本木七丁目一八番

住居

神奈川県川崎市宮前区向ケ丘一六六九番地八

会社役員

樋口忠史

昭和一七年二月二三日生

本籍

東京都品川区上大崎一丁目四七六番地

住居

東京都世田谷区深沢一丁目一一番一四号

会社役員

八木惇光

昭和一九年一二月一日生

右の者らに対する各所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官江川功出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

一  被告人本橋謙治を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に、被告人八木惇光を懲役一〇月に、被告人樋口忠史を懲役七月にそれぞれ処する。

二  被告人本橋謙治においてその罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

三  被告人本橋謙治に対し、この裁判確定の日から二年間その懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人本橋謙治(以下「被告人本橋」という。」は、東京都田無市本町四丁目二七番八号に居住して板金業を営んでいた者であり、被告人樋口忠史(以下「被告人樋口」という。)及び同八木惇光(以下「被告人八木」という。)は、いわゆる同和団体の幹部を名乗って他人の納税手続に介入し、報酬を得ようと考えていた者であるが、被告人らは共謀の上、被告人本橋の昭和五六年分の所得税を免れようと企て、同被告人が同年中に土地を田無市土地開発公社に譲渡したことによる長期譲渡所得に関し、同被告人に架空の連帯保証債務を計上するとともに、その履行のために右土地を譲渡し、かつ、その履行に伴う求償権の行使ができなくなったかのごとく仮装するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五六年分の同被告人の実際総所得金額が一二七七円の損失で、分離課税による長期譲渡所得金額が二億四八二三万九三八〇円であった(別紙(一)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五七年二月二二日、東京都東村山市本町一丁目二〇番二二号所在の所轄東村山税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が五四七万六二〇円でこれに対する所得税額が六三万二四〇円であり、分離課税による長期譲渡所得金額は所得税法六四条二項によって八二三万九三八〇円となるからこれに対する所得税額は一六四万七八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六〇年押第一四八三号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同五六年分の正規の所得税額七八八〇万八〇〇〇円と右申告税額との差額七六五三万円(別紙(二)ほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人本橋、同八木及び同樋口の当公判廷における各供述(ただし、第三回公判期日における被告人八木の供述は、同被告人及び被告人樋口の関係で、第七回公判期日における被告人本橋の供述は、同被告人及び被告人樋口の関係で、第八回公判期日における被告人八木の供述は、同被告人の関係でそれぞれ証拠となる。)

一  第三回公判調書中の被告人八木の供述部分(ただし、被告人本橋の関係で証拠となる。)

一  第七回公判調書中の被告人本橋の供述部分(ただし、被告人八木の関係で証拠となる。)

一  被告人本橋(四通)、同樋口(四通)及び同八木(三通)の検察官に対する各供述調書

一  被告人本橋の検察官に対する弁解録取書

一  本橋弘子(二通)、中川博己(五通)、尾口八郎(二通)、河上弘次、下館勝治、南薗正道(ただし、被告人八木の関係では同調書の第五丁八行目以下第六丁一三行目までは証拠とならない。)、上原良雄(二通、ただし、被告人本橋及び同樋口の関係で証拠となる。)の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  譲渡収入金額調査書

2  保証債務額調査書

3  取得費調査書

4  譲渡費用調査書

5  特別控除額調査書

6  計算誤謬等調査書

7  売上調査書

8  期首材料棚卸高調査書

9  仕入調査書

10  期末材料棚卸高調査書

11  租税公課調査書

12  水道光熱費調査書

13  旅費交通費調査書

14  通信費調査書

15  接待交際費調査書

16  損害保険料調査書

17  修繕費調査書

18  消耗品費調査書

19  減価償却費調査書

20  福利厚生費調査書

21  給料賃金調査書

22  事務用品費調査書

23  燃料費調査書

24  新聞図書費調査書

25  諸会費調査書

26  雑費調査書

27  青色専従者給与調査書

28  事業所得申告額調査書

29  医療費控除調査書

30  社会保険料控除調査書

31  扶養控除調査書

32  特別減税額調査書

33  不動産収入調査書

34  不動産取得損害保険料調査書

35  不動産所得修繕費調査書

36  不動産所得減価償却費調査書

37  不動産所得借入金利子調査書

38  不動産所得管理費調査書

39  不動産所得租税公課調査書

40  不動産所得通信費調査書

41  不動産所得交際費調査書

42  不動産所得光熱費調査書

43  不動産所得雑費調査書

44  青色申告控除調査書

45  不動産所得申告額調査書

46  水道光熱費調査書(補完)

一  検察官作成の報告書

一  収税官吏作成の脱税額計算書

一  押収してある五六年分の所得税の確定申告書一袋(昭和六〇年押第一四八三号の1)、五六年分の所得税の確定申告書(譲渡所得の添付書類)一袋(同押号の2)及び金銭消費貸借契約証書写等一綴(同押号の3)

(争点に対する判断)

本件は、いわゆる同和団体の幹部を名乗って他人の納税手続に介入し、報酬を得ようと考えていた被告人八木が、同被告人の事務所に出入りしていた下館勝治に依頼者を紹介してくれるよう頼んでいたところ、昭和五七年二月初めころ、同人の知人である河上弘次から、被告人本橋において昭和五六年中に土地を譲渡し、多額の土地譲渡所得税を納付しなければならないことを聞知したので、河上、さらには同人の知人で被告人本橋とも懇意な尾口八郎を介して、同和団体に依頼すれば納付する税金を少なくすませることができるので、同和団体に力のある被告人八木に申告手続を任せるよう被告人本橋を再三勧誘し、昭和五七年二月二〇日ころ、尾口から被告人本橋の依頼を受けた旨の報告を聞いた被告人八木は、同月二二日、判示の所得秘匿の手段を講じた上、被告人樋口らをして判示の虚偽過少申告手続を行わせて納期限を徒過させ、もって被告人ら三名共謀の上、被告人本橋の昭和五六年分の所得税を免れた、というものであるところ、被告人本橋の弁護人は、

(1)  被告人樋口らが昭和五七年二月二二日午後、被告人本橋の所得税の確定申告のため所轄の東村山税務署を訪れた際持参した金銭消費貸借契約証書の作成日付は昭和五六年一〇月一九日であって、被告人本橋が土地を譲渡した同年一月八日より後となっており、所得税法六四条二項の特例の適用がなされないことは明らかであるのに、同税務署の担当係官が誤った税務指導をしてこれを適用し、申告書を作成させた結果、過少申告となったものであるから、不正の行為により所得税を免れたとはいえない、

(2)  申告手続の前後を通じ、被告人本橋は、尾口らから架空の保証債務を履行したことにするとか、同和団体が税務署に圧力をかけるとかいう話を聞いておらず、むしろ、尾口を介し、当時税理士ないし計理士であると認識していた上原も全く問題のない申告方法であり、大丈夫であると言っている旨聞いていて、上原の立会の下で申告手続を行えば大丈夫と思っているうちに、被告人本橋の承諾なく、被告人八木らが申告手続を行ってしまったものであるから、被告人本橋は、被告人八木及び同樋口と共謀してはいない、

(3)  被告人本橋の認識は前記のとおりであって、同被告人は、本件申告によって七〇〇〇万円近い税金が支払われるものと思っていたものであり、申告手続終了後も、上原の報告によって被告人樋口らにおいて提出した申告書が、所轄税務署に正当な申告書として受理されたと誤信しており、被告人本橋には、不正に税を免れようとの犯意がなかった、

と主張し、被告人八木の弁護人も、同被告人について右(1)及び(2)と同旨の主張をする。

そこで検討すると、関係証拠によれば、被告人樋口は、被告人八木から、「田無の本橋という人が借金のために土地を売ったが、税法上何らかの救済方法があるだろうからどういうものか、また、それを証明するにはどういう書類を出したらいいか聞いてきてくれ、本橋はうちの会の会員ということで挨拶状を税務署長に出してある。」との指示に従い、昭和五七年二月二二日午前中、中川博己及び南薗正道らとともに東村山税務署を訪れ、「日本友愛事業団、同和友愛連合会会長樋口直志」の名刺を出して総務課長ほか担当係官と面会し、被告人八木から聞いた右の事情を話し、係官から、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合にはその履行に伴う求償権を行使することができなくなった金額について所得の計算上控除される旨、並びに右控除の特例の適用を受けるについては、金銭消費貸借契約証書、保証債務を弁済したことが明らかとなる書類及び不渡手形など求償権が行使できないことを証明する書類などが必要である旨の説明を受けて被告人八木の事務所に戻り、同日午後、被告人八木及び中川らがにわかに作成した内容虚偽の書類を携えて再び東村山税務署を訪れ、同和組織の勢威を背景に居丈高に、担当係官らに対し「必要書類をそろえてきた。今日納税まで済ませるから早くしてくれ。税額計算はあんた達でやってくれ。」などと言って担当係官を急がせて申告書に所要の数字を記載させ、こうして出来上った虚偽の所得税の確定申告書を提出したことが認められる。そして、被告人樋口らが税務署担当係官らに提出した右の書類については弁護人が主張するような矛盾があり、所得税法六四条二項の特例の適用を受けるための資料として不十分なものであること、同和組織の威を借りた被告人樋口らの高圧的態度に押されて資料の検討を慎重に行わず、同被告人の強く求めるまま申告書類の数額を記入した所轄税務署担当係官らの対応に問題がないわけではなかったことなどの事情は認められるが、書類が不備であったのは、虚偽の書類を作成した被告人八木らの単純な間違いにすぎないものであり、また、担当係官の作業も、被告人八木及び被告人樋口らの意図に従い、その求めに応じ、ただ機械的に申告税額を計算し記入しただけであって、誤った税務指導の結果過少申告となったと言えないことは明らかである。したがって、(1)の主張は理由がない。

次に、(2)の主張のうち、被告人本橋が承諾をしないうちに被告人八木の方で申告手続を行ってしまったとの点について検討すると、被告人八木に申告手続を依頼することにつき尾口に承諾を与えたか否かに関し被告人本橋は、第七回公判期日において、「立会でやれば大丈夫かなということは言いましたけどね。そのほかは返事してません。」などと尾口に承諾を与えていない旨供述するが、第三回公判期日においては、「尾口さんが計理士さんに聞いてくれて、それで大丈夫だというんで、そういうふうにやったんです。」などと明らかに尾口に承諾を与えたことを前提とした内容の供述をしていたのであり、従来所得税の申告手続など家計に関する重要事項の処理を同被告人に代って行っていた同被告人の妻も当公判廷において、同被告人が尾口に承諾を与えた旨を供述しており、また関係証拠によれば、昭和五七年二月二二日の夜、尾口らが、申告手続が終わったとして、手数料等を支払うよう要求しに被告人本橋の自宅を訪れた際、同被告人において、承諾なく勝手に申告手続を行った旨の言動はなく、むしろその承諾があったことを前提として納税が終了しているか否かについてのみ関心を有していたことが明らかであること、更に被告人本橋及び尾口の検察官に対する各供述調書等を総合すれば、被告人本橋において、被告人八木に申告手続を依頼することの承諾を尾口に与えたことを優に認定することができ、右認定に反する被告人本橋の当公判廷における供述部分は、他の証拠に照らし、措信し難い。

また、被告人本橋は、同八木から脱税の具体的手段を聞かされておらず、したがって、同被告人らと本件ほ脱を共謀した事実はないとの主張についてみると、被告人本橋は、当公判廷において、「同和団体に申告手続を依頼すれば、税務署で簡単に通るから税金が安くなる。正規には税金が一億二〇〇〇万円のところ、全部で七〇〇〇万円でやってくれる。そのうち一〇〇〇万円が被告人八木への手数料で、六〇〇〇万円が同和団体へ支払われる。」程度に被告人八木の説明があったことについて尾口から報告を受けていたことは認めるものの、架空の保証債務をたてることは聞いていない旨供述し、被告人八木も、当公判廷において、尾口に対し、税金を安くさせる方法として架空の保証債務を負担し、この支払を仮装する旨の説明はしていない旨供述する。しかしながら、尾口、河上の検察官に対する各供述調書によれば、尾口は、被告人本橋が河上から伝え聞いた話をしただけでは納得せず、もっと詳しい内容の提供を求めたため、河上及び上原とともに被告人八木の許に赴き、同被告人から、赤字会社の負債を保証したことにして土地を売った代金からその債務を支払ったことにする旨の説明を受け、これをそのとおり被告人本橋に伝えたことが認められる。被告人八木は、当公判廷において本件の脱税の方法は、昭和五七年二月二二日の午前中、被告人樋口らが東村山税務署を訪れ、同署担当係官らから教えてもらってはじめて知った旨供述するが、同被告人が、右の方法による脱税の仕方の概要を知っており、かねてこの方法を利用して脱税し利益を得ようとしていたことは、被告人樋口の当公判廷における供述及び同被告人の検察官に対する供述調書等により認められるところであり、尾口らが被告人八木の説明を聞きに行きながら、何故税金が安くなるのか、という点についての説明がなかったとか、尾口が何らこの点について報告しなかったというのも甚だ不自然である。したがって、債務保証という脱税の具体的方法についての説明が被告人八木からあり、これが尾口から被告人本橋に報告されたとする尾口らの前記調書に符合する被告人本橋及び同八木の検察官に対する各供述調書は十分信用するに足り、これに対し、被告人本橋及び同八木の当公判廷における供述はにわかに信用し難い。したがって、被告人本橋は、被告人八木において判示の不正の方法により申告手続を行い、昭和五六年分の所得税をほ脱することを認識しながら尾口を介しあえて被告人八木に対し右の方法による申告手続を依頼し、同被告人との間で本件ほ脱の共謀を遂げたことが認められるから、弁護人の前記(2)及び(3)の主張も理由がない。

(法令の適用)

被告人らの判示所為はいずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項(被告人八木及び被告人樋口につき更に刑法六五条一項)に該当するが、被告人本橋につき所定の懲役刑と罰金刑を併科しかつ情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、被告人八木及び被告人樋口につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人本橋につきその所定刑期及び金額の範囲内で同被告人を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に、被告人八木及び被告人樋口につきその所定刑期の範囲内で被告人八木を懲役一〇月に、被告人樋口を懲役七月にそれぞれ処することとし、被告人本橋においてその罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置し、被告人本橋に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間その懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、昭和五六年中に土地を田無市土地開発公社に売却した被告人本橋の同年分の土地譲渡所得に関し、被告人ら三名共謀の上、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合には、その履行に伴う求償権を行使することができなくなった金額について所得の計算上控除されるとする所得税法六四条二項の規定を悪用し、被告人本橋に架空の連帯保証債務を計上するとともに、その履行のために右土地を譲渡し、かつ、その履行に伴う求償権の行使ができなくなったかのごとく仮装するなどの方法により所得を秘匿した上、判示の虚偽過少申告を行い、同被告人の同年分の所得税七六五三万円を免れたというものである。そのほ脱額は一年分の所得税に係るものとしては高額であり、ほ脱税率も九七パーセント余りと高率であるうえ、所得秘匿の手段として、前記のとおり虚偽の金銭消費貸借契約証書等を作成し、かつ、所轄税務署係官らに対しては、いわゆる同和団体の組織的勢威を利用し高圧的に折衝するなど悪質である。

被告人本橋及び同八木の各弁護人は、前記のとおり、本件において被告人八木らが作成した虚偽の金銭消費貸借契約証書等を点検すれば、所得税法六四条二項の適用がないことが判明するのであるから、申告書の受理すら拒否すべきものであるのに、所轄税務署担当係官らが同和団体の組織的勢威を利用した被告人樋口らに対し、いい加減な対応をして申告書を作成させ、これを受理したため本件の結果が生じたものであるとして、担当係官らの職務の怠慢を主張するけれども、本件においては、確かに所轄税務署担当係官らの対応が被告人八木及び同樋口らを増長させ、結果としてほ脱を容易にさせたという面がないとはいえないにせよ、担当係官らの対応が被告人らの刑責の有無を左右するものではないことは前記のとおりであるうえ、被告人らは、当初から、税務署の担当係官らに対し、同和団体の組織的勢威を利用して折衝し、ほ脱を容易にすることをもくろんでいたものであるから、担当係官らの対応の非を強調するのはまさに省みて他をいうものであってこの点を情状として特に斟酌すべきものとはいえない。

各被告人の個々の情状について検討すると、被告人八木は、同和団体の幹部を名乗って他人の納税手続に介入し、報酬を得ようと考え、知人の下館らを通じて聞知した被告人本橋の納税手続に介入するべく、再三仲介人を通じて勧誘した末、本件犯行に至ったものであり、犯行についての態度は積極的であるばかりか、関与した被告人樋口らとの関係でも主導的地位にあったことは明らかである。しかも、被告人八木は、申告手続終了後報酬として七〇〇〇万円(なお、申告手続当時、被告人らは、一億二〇〇〇万円位が正規の税額であると考えていた。)を受領しているところ、納税資金分及び仲介人への手数料を除いた六〇〇〇万円位のうち五五〇〇万円位は竹本組の竹本組長や稲川会の横倉に渡しているので、被告人八木の利得は五〇〇万円位である旨弁解しているが、この点は必ずしも明らかではないうえ、六〇〇〇万円の使途が被告人八木の一存で決められ、被告人樋口らには何らこれに関与する余地がなかったことは明らかである。以上の事実に加え、被告人八木には、昭和五六年九月一七日、東京地方裁判所で有価証券偽造、同行使、詐欺の各罪により懲役三年、四年間執行猶予に処せられた前科があり、本件はその刑の執行猶予期間中であったこと(そのほか業務上過失傷害罪等による罰金刑の前科二犯を有する。)、公判廷においても弁解を重ねるなど反省の態度が必ずしも明らかであるとは言い難いことなどの事情をも考えると、被告人本橋から受領した報酬のうち一〇〇〇万円を実質上同被告人に返還していることなど斟酌すべき事情を考慮しても刑の執行を猶予することはできない。

また、被告人樋口は、昭和五六年一月ころから、同和民主連盟会長黒沢主馬の下で、同和団体を名乗って官公庁との折衝等の活動を行うようになり、同人から独立して日本友愛事業団、同和友愛連合会会長を名乗ってからも右活動を続けていたものであるが、本件当時被告人八木の事務所の一部を事務所として利用していた関係で、被告人八木と組んで本件犯行に関与したものである。そして、保証債務履行のための土地譲渡を装い、かつ、同和団体の組織的勢威を利用するという本件の手口の基本的な方法については被告人樋口の右活動及びその知識が基になっていることは明らかであり、同被告人も、被告人八木とともに他人の納税手続に介入して報酬を得ようと考えていたところ、本件においては被告人八木の指示に従い所轄税務署担当係官らとの折衝役を専ら果たしたものであって、その役割を軽視することはできない。しかも、本件に関し、被告人八木からは一〇〇万円位しか受け取っていないと主張するが、被告人八木と不仲になった後、仲介人となった者らに執拗に金を要求して同人らから一五〇万円を受領し、そのうち五〇万円を利得していること、被告人樋口には、昭和五五年五月二〇日、福島地方裁判所で道路交通法違反、私文書偽造、同行使の各罪により懲役六月、二年間執行猶予に、また、昭和五七年二月一九日、同裁判所で詐欺罪により懲役一〇月、三年間執行猶予に各処せられた前科があり、本件申告手続当時は、前者の執行猶予期間中であり、かつ、後者の判決言渡しの三日後であったこと(そのほか業務上過失傷害罪の前科二犯を有する。)などの事情を考えると、被告人樋口の利得は全体の報酬額に比し著しく少額であるうえ、被告人本橋に一五〇万円を返還することを約していること、昭和五九年一〇月以降は展示会の会場設営等を目的とする会社を設立して正業に就いており、公判廷においても反省の態度が認められることなど斟酌すべき事情を考慮しても刑の執行を猶予するのは相当ではなく、主文掲記の刑はやむを得ない。

被告人本橋については、自分の所得税を免れるため安易に被告人八木の勧誘に乗り、高額のほ脱の結果を惹起した点で、その刑事責任は軽くないというべきであり、公判廷においても種々弁解を重ねているが、被告人八木、同樋口及び仲介人らの報酬ないし手数料稼ぎに利用されたという面があることは明らかであるうえ、既に修正申告をして本税、延滞税、重加算税を納付していると認められること、これまで前科前歴はなく、板金業等に従事して普通の市民生活を送ってきた者であることなど斟酌すべき事情が認められるので、懲役刑については刑の執行を猶予するのが相当である。

(求刑 被告人本橋につき懲役一年及び罰金二五〇〇万円、被告人八木につき懲役一年、被告人樋口につき懲役一〇月)

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾健二郎 裁判官 石山容示 裁判官 鈴木浩美)

別紙(一)

修正損益計算書

本橋謙治

No.1

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

修正損益計算書

No.2

自 昭和 年 月 日

至 昭和 年 月 日

〈省略〉

別紙(二)

ほ脱税額計算書

No.

〈省略〉

〈省略〉

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